未知のなかば
道なき未知
第5回 コホート調査がオリンピックに貢献?! ~網羅的化合物分析の応用~
今年はオリンピックイヤー。リオオリンピックの次は東京開催ということもあり、いつにもまして楽しみにしている方も多いでしょう。この楽しい気分に水を差すのが薬物による不正行為、ドーピングです。
ドーピングは、「フェアプレー精神に反する」ということも当然ですが、選手の健康にも影響を及ぼします。厳しくドーピングを取り締まり撲滅することは、選手の将来のためにも重要なことなのです。
今回は、この「ドーピング検査」に ToMMo が貢献できるかもしれない、そんな可能性についてご紹介します。
ドーピングとドーピング検査。この戦いは今のところドーピング側がかなり有利です。ドーピングの方が常に先行し、ドーピング検査はそれを追いかけるので精一杯。この理由としては主に次の3つが挙げられます。
・ 禁止薬物でなければ検出対象にならない。つまり効果が同じでも、薬に含まれる化学物質を少し変えただけで検査をすり抜けてしまう。
・血液そのものを輸血する、赤血球を増やすタンパク質を使うなど、もともと人間の体に由来するものを使用すると検出が困難。
・ 服薬や注射の時期を調整すれば、検査時に「効果は残っているが薬物は分解されている」という状態もあり得る。
つまり、どんなに精密な手法を使っても「禁止薬物そのものを見付ける」という手法だけでは限界があるのです。そこで注目されているのがドーピングの「痕跡」です。
薬物を使う、自然ではない方法で赤血球を増やす、等の行為をすると血液中では様々な変化が起こります。つまり直接的な原因は跡形もなかったとしても、その「痕跡」が残るのです。色々なドーピングをしたときの変化のパターンを調べておいて、そのパターンになっているかどうかで、ドーピングしている可能性を探れるようになればどうでしょうか? 例えるならば、今までは現行犯逮捕しかできなかったのに、遺留品や現場の状況から推理して犯人確保が出来るようになったようなもので、検出漏れをかなりカバーできるようになる可能性があります。
血液中の成分を調べる方法は色々ありますが、この場合「特定の○○が存在するか?」ではなく網羅的に「どんなもの(種類)がどのくらい(量)あるか?」を調べなければなりません。こういう調べ方は意外と難しいのですが、質量分析(MS)法と核磁気共鳴(NMR)法により実現可能です。
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MS と NMR を複合的に駆使することにより、血液中に存在する化合物をくまなく調べることができます。ToMMo はこの MS と NMR を使って、コホート調査に参加された多くの方々の血液を着々と解析しています。
また、ドーピングをした状態、つまり「通常ではない状態」を判定するには「通常の状態」を知る必要があります。ToMMoでは健康な方500人の血液を解析した結果を、日本人多層オミックス参照パネル(jMorp) としてデーターベース化しています。これが「通常の状態」のガイドになります。

分析技術さえ優れていればドーピング検査は可能でしょうか? 国の期待を背負った選手の失格、など重大な結果につながる可能性もあるのがドーピング検査。検体の取り違え、検査内容の情報流出などあってはならないことです。この点でも ToMMo の統合データベース室、バイオバンク室、試料・情報分譲室の3室は、情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)の国際規格である ISO 27001 を取得し、優れたノウハウを持っています。
※ISO 20387認定取得に伴い2024年12月に認証継続を辞退しました。

たくさんの血液検体の解析経験と実績、その結果をまとめたデーターベース、高度なセキュリティ、この3つを備えた組織は世界でもそうはないでしょう。
みなさまにご協力いただいた試料や情報を解析することにより、ToMMo の取り組みは着々と発展し続けています。この取り組みにより積み上げた、実績・ノウハウは医学や医療に役立つだけではなく、スポーツの祭典や選手の健康に貢献することができるかもしれません。
そして、もしかしたら、これはほんの一例、という可能性もあります。
ToMMo は誰も歩いたことのない道を進んでいます。今、私たちが目指しているゴールは「次世代の医療」ですが、この道からたくさんのわき道が出来て、思いもよらないたくさんのゴールが待っているかもしれないのです。
(担当:是枝幸枝)
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