地域の健康を支援する-15万人のコホート調査-
- 成果と活動
- 地域の健康を支援する-15万人のコホート調査-
東北メディカル・メガバンク計画は、東日本大震災の甚大な被害を受けて国による復興計画の一環として計画されました。当計画では、震災による中長期にわたる地域住民の方々の健康状態の影響を調査し、また調査を通じて地域住民の方々の健康向上に資することを目指しています。
15万人に震災後の健康調査を実施
当計画における健康調査は2013年5月から宮城県と岩手県で地域住民コホート調査(8万人)と三世代コホート調査(7万人)を実施しています。
地域住民コホート調査 | 三世代コホート調査 | |
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対象地域 | 宮城県、岩手県 | 主に宮城県 |
参加者数 | 84,073人 | 73,529人 ※第2期追加リクルート(収集中) |
調査参加 募集期間 |
2013年5月~2016年3月 | 2013年7月~2017年3月 ※2023年1月より第2期追加リクルート実施中 |
参加者 | 対象地域に住民票がある20歳以上の方 | 対象地域に住民票がある妊婦さん、その生まれたお子さんを中心に、お子さんのお父さん、おばあさん・おじいさん、お子さんのご兄弟、その他のご親族 |
参加形態 | ・対象地域自治体での特定健康診査会場等での参加 ・地域支援センター(宮城県)、サテライト(岩手県)へのご来所 |
・対象地域内の産科施設での参加 ・地域支援センターへのご来所(親族の方) |
調査内容 | 生活習慣、食習慣、メンタルヘルス等についての質問票、血液検査、尿検査、各種検査 | 生活習慣、食習慣、メンタルヘルス等についての質問票、血液検査、尿検査、各種検査 |
「コホート調査」とは、多くの人々の生活習慣情報を継続的に集め、生活習慣と環境がどのように病気と関連するかを調べる方法です。参加者の方々には採血・採尿・各種詳細検査および調査票の記入に協力いただき、健康状態を調べています。
地域住民コホート調査と三世代コホート調査の重点疾患
地域住民コホート調査では、被災地で今後増加することが懸念され、国民全体への影響が大きく発生頻度の高い、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、うつ病等の精神疾患、脳血管性障害、高血圧性疾患、虚血性心疾患を重点疾患としています。また、近年増加傾向が著しい、喫煙習慣を背景に中高年に発症する慢性閉塞性肺疾患(COPD)についても重点疾患としています。地域住民コホート調査は、我が国最大級の詳細データ(循環器・呼吸器・身体機能・感覚機能、頭部MRIデータ、血漿・尿、メタボロームデータなど)を擁していることにより、個別化ヘルスケアマネジメント実現に貢献できると考えています。
三世代コホート調査では、震災の影響により増加が懸念されるPTSD や抑うつ、震災の影響により悪化が懸念され、遺伝的素因の関与が示唆されているアトピー性皮膚炎、注意欠陥多動症(ADHD)、気管支喘息、自閉スペクトラム症等を重点疾患としています。さらに、先行する出生コホート等での知見から近年重要性が指摘されるようになった妊娠高血圧症候群、低出生体重等の疾患も重点疾患としています。三世代コホート調査は、健康状態や疾患発症に関する追跡調査を効率的に実施し、学童期以降に出現する頻度の低い疾患などに対応することにより、個別化ヘルスケアマネジメントに貢献できると考えています。
センター型の追跡調査(詳細二次調査/詳細三次調査)
長期的な健康状態の推移を把握するために、参加者の方々には約一年ごとの郵送等による調査及び、3~5年に一度地域支援センターへ来所し行う詳細二次調査を2017年6月から2021年3月まで実施しました。また、2021年7月からは詳細三次調査を開始し、時間の経過とともに変化する健康状態を調査しています。原則5年間に1回の来所とし、調査票調査やタブレット型調査票調査を実施し、高密度・高精度の情報の収集を継続しています。
地域住民コホート調査は、認知症・呼吸器機能変化・感覚機能変化についての遺伝・環境交互作用を解明するために、三世代コホート調査は、家系員の遺伝情報と環境要因・生活習慣などの関連を解明するために、更に情報を充実させていきます。
多様な追跡調査
地域住民コホート調査と三世代コホート調査における第3段階(2021年度~2026年度)の追跡調査は、すべてのコホート調査参加者を対象に実施します。詳細調査を受けなかった方に対しては郵送による追跡調査を行います。なお、郵送による追跡調査は、子ども(児及び未成年の同胞)に関しては、原則2年に1回、成人に対しては、原則5年に1回実施します。また、各コホート調査では医療機関の診療情報はじめ公的情報も収集しています(下表)。
地域住民コホート調査 | 三世代コホート調査 | |
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公的情報の種類 | 医療費情報 | 母子健康手帳情報 |
介護保険情報 | 乳幼児健康診査情報 | |
学校健診診断情報 | ||
小児慢性特定疾患情報 | ||
医療機関の診療情報 | ||
がん登録情報 | ||
難病登録情報 | ||
住民基本台帳情報 | ||
人口動態統計情報 |
これらの調査により、地域住民コホート調査では成人における被災の程度と死亡リスク、脳卒中発症、がん罹患、要介護認定の関連などを明らかにするとともに、個別化医療・個別化予防等の次世代医療の実現を目指します。また、三世代コホート調査では、子どもから高齢者までのあらゆるライフコースで出現する疾患の病態解明と精密医療の実現を目指します。
診療情報に関しては、個別の契約・倫理審査等に基づいて、妊婦健診情報、分娩情報、新生児一か月健診情報、特定の疾患(脳卒中、狭心症、心筋梗塞、川崎病、先天異常等)の発症情報を診療情報から提供いただいています。
また、医療機関の診療情報の収集として、東北大学病院と連携し、診療情報の抽出、病型分類のパイプラインの構築に取り組んでおり、岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM)では岩手県が実施する発症登録事業と連携し、発症情報(脳卒中、心疾患)を収集しています。
MRI検査・認知心理検査(脳と心の健康調査)の実施
コホート調査の参加者を対象にMRI検査と認知心理検査を組み合わせた調査を行っており、宮城県で総計約1.2万人の方に参加していただいています。生涯健康な脳と認知力を保つために、体質(遺伝要因)、生活習慣がどのように脳や認知機能、こころの状態に影響するのかを明らかにすることを目的としています。最新の脳科学研究に基づいた脳の形態解析により、脳の萎縮の程度や梗塞や腫瘍などの異常所見がないか医師が画像を確認し、希望者に結果をお返ししています。2019年秋以降、本調査で撮像を行った方々を対象に数年経過後、二度目の撮像を実施しています。
これらの調査を通じて、大規模な脳画像データベースを構築し、うつ病・PTSD・認知症等の多くの脳が関連する病気に対して、早期診断や発症予防の発展を目指しています。今後も1万人の追跡調査を継続し、加えて、子どもを対象とした撮像についても検討しています。
アドオン(追加)コホートの実施
コホート調査の追跡調査では、企業や他の研究機関と共同した「アドオン(追加)コホート」を積極的に導入することにより、調査の充実をはかっています。調査参加者の新たな同意のうえで、共同研究機関が追加を希望したアンケートの質問項目や特定の機器を用いた検査などを追加実施しています。
今後は、さらに革新的なコホート調査の創出を目指し、企業等との連携によるアドオンコホートを拡充していきます。具体的には、地域住民の健康維持への貢献に対する取り組みにおいて、ウェアラブルデバイスや生活習慣を精密に計測できる最新の技術を持つ、デジタルヘルス分野の医療系企業との連携を図り、独自性の高いコホート調査の実践を目指します。
未来型ヘルスケア社会の実現に向けて
遺伝情報回付事業
参加者の方々からご提供いただいた検体から、遺伝情報を解析した結果を回付する試みを行っています。東北メディカル・メガバンク計画のような一般住民を対象とした遺伝情報の回付は日本で初めての取組であり、パイロット研究を繰り返しながら、日本における制度・文化などにあった回付のあり方を模索しています。
自治体や医療機関と連携
調査からわかった地域の健康状況は、県・市町村をはじめとする自治体や地域の医療機関にお伝えして、行政等の参考にお使いいただいています。そしてそれらが、実際に施策等に結びついた事例もあります。震災後の地域の方々の健康を守るために、調査から得られたさまざまな情報を発信していきます。
さらに、遺伝子型と環境要因の交互作用の解明により、従来の画一的な保健指導から個別化された保健指導に変容していく可能性があります。具体例として、食塩感受性の遺伝型でない高血圧症については減塩の有効性が低いことから、従来の減塩中心の保健指導ではなく、より有効性の高い肥満・多量飲酒の解消に向けた保健指導を行う必要があります。今後もより一層、自治体とのより積極的な協働関係を構築し、当計画で得られた個別化ヘルスケア情報を共有することで、個別化保健指導モデル事業の構築を検討していきます。
地域の方々一人ひとりの健康の向上へ向けた活動
コホート調査参加者の方々には、個人ごとの検査結果を郵送でお知らせ(回付)しています。震災による家屋被害が大きい方に比較的多く見られた高血糖、高脂質、高血圧等は、動脈硬化や呼吸機能の低下と密接に関連しており、脳卒中や心疾患の発症を増加させる可能性があります。リスクの高い方にはご自分の健康状態を知って予防に目を向け、生活習慣を変えることで、発症を防いでいただきたいと考えています。また、調査の中で重篤な疾患が発見された等、急ぎの対応が必要と考えられる方には、通常よりも早く結果をお返しする緊急結果回付を行い、病院の紹介を行っています。メンタル面については、必要に応じて臨床心理士が電話相談や面談をする支援を延べ5,000人程度行いました。また、緊急結果回付(重症高血圧、脳動脈瘤疑い、血液や骨髄の疾患など)は856人の方に行っています。(2020年9月末現在)
今後は、参加者を含む地域社会全体に対して、コホート調査の継続・発展、バイオバンクの構築と成果創出、それらによるゲノム医療及び個別化予防の進展に関する情報共有を目的としたゲノム医療を推進するための行政や医療機関を巻き込んだコミュニティの形成を模索していきます。
これまでの主な成果
これまでにコホート調査の結果から様々な健康上の課題が浮かび上がってきており、特にいくつかの成果からは、東日本大震災の甚大な被害がその後の健康状態に影響していることがわかってきています。コホート調査からわかってきた主な成果は以下です。
- 日本疫学会で三世代コホート調査の研究成果を発表しました
- [プレスリリース] 詳細調査で明らかになる震災被害の長期的な影響‐家屋被害の大きかった人で、心理的苦痛、平均歩数、骨密度への影響が継続‐
- [プレスリリース] 震災による家屋被害が生活習慣・検査データに影響を与えている可能性
- [プレスリリース] 東北メディカル・メガバンク計画の三世代コホート調査
- [プレスリリース] 震災後の宮城の健康状態 ~地域住民コホート調査の第三次報告~
- 地域子ども長期健康調査からわかってきたこと