未知のなかば 道なき未知

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第10回 水槽に隠された複数の謎を解き明かす
~ゲノムワイド関連解析(GWAS)による原因遺伝子探索~

この病気の原因の一部は遺伝子にあるのではないか?
家族内の病歴などを根拠に、ずっと昔からこの可能性は研究されていました。遺伝子の構造が解明されるにつれ、まず明らかになったのは単一遺伝子疾患の原因遺伝子です。この調子でもっと詳しく遺伝子を調べていけば、いろいろな疾患の原因がわかるのではないかと期待されましたが、残念ながらそううまくは行きませんでした。単一遺伝子疾患、つまり原因がひとつの要因である疾患は意外と少なく、多くの疾患は、たくさんの遺伝要因が複雑に絡み合って発症していたのです。このため、ゲノムの解読技術が発展しても、思っていたほど疾患の遺伝要因の解明は進みませんでした。

そこでターゲットを絞って特定の遺伝子を調べるのではなく、ゲノム全体を見渡して統計学的に原因を探す手法が考え出されました。
と言われてもなかなかイメージしにくいので、魚を飼育している水槽をゲノムにたとえてみましょう。

水槽で魚を飼っているけれどどうもうまくいかない(疾患)。水草、照明、水温、水質・・・、こういった複数の要因のちょっとしたこと(遺伝子の変異)が少しずつ重なって影響しているのかもしれない。ただ、この水槽にはものすごくたくさんの「ちょっとしたこと」があって、片っ端から調べていってもとても原因にたどり着けそうにない。

そんなとき、水槽の要因をすべてデータ化して、うまく飼育できている他の水槽と比較することができれば、違いが見えてきます。一見、同じ水草や照明のように見えても、比べてみるとちょっとした違いがあるかもしれません。

この重ね合わせをゲノムで実施し、複数の遺伝要因から成る疾患原因を探す手法がGWAS(Genome Wide Association Study)です。疾患群と健常群のゲノムを領域ごとに比較して、異なっている比率が高い箇所ほど、そこに疾患の原因がある可能性が高い、という考え方です。
二つの群の間の相違点として比較・検出するのは一塩基多様体(SNV)です。SNVはDNAの塩基配列が個人間で1塩基だけ異なる箇所で、SNVを含むその周りの塩基配列がひとり一人の違いの大きな要因であると考えられています。つまりGWASによってSNVの違い(例えば水草の一部)を発見し、それを目印にその近辺の遺伝子(水草の役割)を調べる、というイメージです。単一遺伝子疾患の場合これで終わりですが、たくさんの原因をもつ多因子疾患の場合、他のちょっとした違い(照明、ろ過機・・・)をゲノム全体で調べて、それぞれの違いの幅がどの程度なのか、つまり違いが疾患に対してどの程度効果を担っているかを調べていくのです。
ここでポイントとなるのが、疾患群も健常群もどちらも集団であるということです。疾患群の方は共通点である「疾患」が集団になることでより強調され、同様に健常群はより「「非」疾患」のデータ群になるのです。

GWASを実施する時に重要となるのが健常者のほうの集団、つまりうまく飼育できている水槽のほうの選び方です。単純にうまく飼育できている水槽を選んでも、たとえば金魚の水槽と熱帯魚の水槽を比較したところで、うまくいっている理由を洗い出すことは難しいでしょう。同様に、たとえば遺伝的に遠く離れた民族集団の健常者の群を選んでしまった場合、疾患以外の違いがありすぎて、疾患原因を絞り込むのが大変になってしまいます。このためなるべく疾患を持つゲノムと近い民族集団の健常者集団と比較するほうが効率的です。ただ、似ていれば似ているほどいいというわけではありません。近親者は病気を発症していなくとも原因遺伝子を持っている可能性が高いため、これも比較対象として避けたほうが良い結果が得られやすいのです。その点、TMM計画で解析したデータは、日本人集団・網羅的で偏りが少ない・母数が多い、という特徴を持っているため、日本人のGWAS解析に適しているのです。

GWASから判明するのは「これが原因のひとつかもしれない」という目印だけです。見つかったSNVや遺伝子がどのように疾患とかかわっているか解明できないと、予防や治療には結び付きません。ただ、ゲノムの水槽は本当に途方もなく大きく複雑なのです。しかも謎は複数の場所に隠されています。そんな時、私たちの解析したデータが頼もしい案内人となるかもしれません。

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