未知のなかば 未知先案内人

interview

第6回 精神疾患、その原因を追い求めて

七ヶ浜町の人々との出会い

お話サロン「暖・暖(だんだん)」

七ヶ浜町のみなさんと

3月22日に七ヶ浜町から県に「メンタルヘルスの専門家を派遣してほしい」という要請があり私が行くことになりました。役場の健康増進課の当時の係長さんが「とにかく長期に関わってください」と仰って。そこから、七ヶ浜町との長い付き合いが始まりました。
七ヶ浜町は、宮城県の太平洋沿岸にある小さな町です。漁業やのりの養殖に携わる人が多く、先祖代々同じところに住み続け、近所の人もお互いみんな知っている、という土地柄です。
震災直後は、仙台市沿岸部で行っていたのと同じように避難所と家に残っている人の様子を見て回っていました。また当時、町役場の職員の仕事の負荷が非常に高かったので、働き過ぎにならないように職場に働きかけたりしました。
9月に7ヵ所のブロックに分けて建設された仮設住宅の敷地内の集会所をお借りして、まず私が健康講話を行った後、集まった皆さんが感じておられることをざっくばらんに話して頂くというお話サロン「暖・暖(だんだん)」という会を町の保健師さんが企画しました。現在に至るまで、半年ごとに40回以上行っていますが、毎回、私の話が終わるか終わらぬかのうちに、皆さんの話が始まって、この会を行うたびに「話すことが出来る場所」の大切さを感じます。
最初の年の集会が終わった後のことです。保健師さんが言ったんですね。「この会に出てこない人や仮設住宅に入っていない人っていうのは、どうなっているかわからない、全体を把握することはできないのか」と。

地域の方々と共に

そこで、東北大学医学系研究科公衆衛学分野の辻一郎先生が代表の研究班に加えて頂き、11月には七ヶ浜町の大規模半壊以上の家屋被災にあった方全員を対象に、町を離れている人も含めて健康調査を開始しました。アンケートの結果、メンタルの問題が見つかった方には電話したり訪問して支援したりしました。
こういう広く多くの人の状態を調査して、病気を予防したり健康状態に影響を及ぼす要因を調べたりすることを、「疫学」というのですけれど、私は実際に自分でこの方面の調査研究を行った経験がなくて、専門家である辻先生、寳澤篤先生、栗山進一先生たちに色々教えてもらいながら、調査を続けてきました。

ほとんどの精神科医が病院に来る患者さんだけを診ていますし、私もずっとそうだったのですが、地域に出て行って色々な人たちと接してよくわかったのは「病院に来ている人たちというのは大勢の中のある特定の集団でしかない」ということです。実際には医療が必要と思われる人でも治療を受けていない人もいるし、逆に病院に来ている人でも意外と地域の中ではうまく対応して生活していたりします。病院に来た人だけにいい医療を提供すればいいってもんじゃない。強くそう思いました。これだけ医学が進んでいても自殺者の数は依然多いのです。いい薬やいい治療法を開発することも重要ですが、必要な人が病院に来て適切な治療を受けられる社会になっていかなければ、自殺者の数は減らないのではないでしょうか。

ああ、そうですよね。学生の頃からずっと精神疾患の原因を知りたかったわけですけれど…。 東日本大震災が起きてからは、もう成り行きというか流れのままに地域の方々の調査の方に。困っている人がそこにいて、その人の困っていることに対応しているうちに、そうなっていました。震災前には想像もしていなかった日々でした。

この道に確信を持って

そうしているうちに、東北メディカル・メガバンク機構発足の話が持ち上がりました。震災後の地域の方々の健康を調査する、ということでうつ病やPTSDも重要なターゲットでしたので、七ヶ浜町で調査を行っている関係から、調査の計画立案の段階から参加することになりました。
この調査では、私がやっていたようなアンケート調査の他に、遺伝子情報や生活習慣も調べます。そして調査の対象者は15万人です。少ないデータの場合、ある研究では有意差があっても他の研究ではやっぱりなかった、ということになりがちです。でもこれだけ大規模に遺伝子情報や生活習慣の情報を併せて調べ、継続的に状況を追っていくとなると、うつ病やPTSDの成因が見つかる可能性が大いに考えられます。今やっている被災者の方々との関わり合いが、精神疾患の原因解明にも繋がる、そう思いました。

精神疾患の原因の解明は、世の中に様々な変化をもたらすと考えています。
技術開発が進むと、体温計や血圧計のように精神の具合を目に見える形で測定することができると思います。これはもちろん治療にも役立つのですが、家庭に普及すれば自分で精神の健康度合いを客観的に測ることができるようになります。熱が38度あったら、「仕事を休んで病院に行った方がいい」と自分も周りも考えますよね? 「自分のがんばりが足りないんだ」とか「もっと大変な人がいるから我慢しよう」と思って無理してしまっている人が、こういった技術によって症状が悪くなるのを抑止できる世の中になるのではないかと思っています。
それと、同じうつ病でも遺伝子のパターンによって効果的な治療が異なる可能性があります。薬が効く場合もあるし、栄養のバランスを整えた方がいい場合もあるし、日照時間を調整する、運動の習慣、その他いろいろ、その人によって一番効く治療方法は異なるかもしれないのです。

ずっと、どうして人は憂うつな気持ちになってしまうのか、精神疾患とは何なのか、その原因を追い求めてきました。そして、私が知りたい、関わりたいと思う対象は、自分自身、患者さん、地域の人々、といつの間にか広がっていきました。
精神疾患の原因にゲノムは間違いなく関係していると考えていますし、私が現在、精神疾患の原因解明に向かっていることに確信を持っています。
精神疾患の原因を明らかにして、実現可能な個別化医療に繋げる。
それができなければ、東北メディカル・メガバンク事業をやっている意味がない、そう覚悟しています。


富田博秋

インタビューに答える富田教授


【2016年2月4日。 東北メディカル・メガバンク棟2階 ミーティングルームにて】

(プロフィール)
1989年岡山大学医学部卒業、同大学精神神経医学教室入局。 同大学大学院医学研究科修了。 1996年より長崎大学医学部人類遺伝学教室。 2000年よりカリフォルニア大学アーバイン校精神医学講座/生理学講座研究員、同大学助教授相当研究員。 2006年より東北大学大学院医学系研究科精神・神経生物学分野准教授。 2012年4月より東北大学災害科学国際研究所災害精神医学分野教授。 東北大学大学院医学系研究科、東北大学病院、東北メディカル・メガバンク機構を兼務。メンタルヘルスケア推進室長。[2016年7月現在]

(担当:是枝幸枝)

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