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2013.05.24

東北メディカル・メガバンクコホート事業キックオフシンポジウム「みんなでつくる健康な宮城」 報告

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 被災地に医療と健康を。宮城に健康を。 ——— そんな熱い思いのもと、4月20日(土)、TKPガーデンシティ仙台ホールにて、東北メディカル・メガバンクコホート事業キックオフシンポジウム『みんなでつくる健康な宮城』が開催されました。集まってくださった参加者は約300人。「次世代の保健と医療は、一人ひとりの参加から」と銘打たれたこのシンポジウムは、被災地医療を支援しつつ大規模なゲノムコホート研究により新たな個別医療の実現を目指す『東北メディカル・メガバンク事業』の記念すべき第一歩となりました。

 まず、原信義 本学理事(震災復興推進担当)より開会の挨拶があり、次に、里見進 本学総長より挨拶がありました。里見総長は参加者、講演者へのお礼を述べるとともに「『東北大学 復興アクション』には8つのプロジェクトと100の復興アクションが掲げられているが、東北メディカル・メガバンク事業はその中でもっとも大きな事業であること」、「昨年来、宮城県との協定、および、各地方自治体との協定が続々と締結されており、地域に根ざした事業であること」、「最低でも10年続く大きな事業であり、本シンポジウムを新しい展開がしっかりと作られる機会としたいということ」を強調しました。

 続いて、ご来賓の挨拶がありました。岡部敦 宮城県保健福祉部長(村井嘉浩 宮城県知事代理)、事業を進めるパートナーである『岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構』祖父江憲治機構長、田中敏 文部科学省大臣官房総括審議官より、それぞれご祝辞をいただきました。

 その後、東北大学東北メディカル・メガバンク機構(以下、ToMMo)より、本事業に関する報告がありました。
 辻一郎予防医学疫学部門長(ToMMo)は「コホート事業が目指すもの」と題した報告において、「コホート」という言葉の語源、地域住民コホートおよび三世代コホートの具体的な進行プロセス、生活習慣病治療においてコホート事業が進展をもたらす可能性、バンキング(遺伝子情報の蓄積)の重要性などを述べたうえで、本事業を「研究のための研究・調査ではなく、被災者一人ひとりと向き合い、健康をサポートするための事業である」と位置づけました。
 布施昇男ゲノム解析部門副部門長(ToMMo)は「ゲノム情報でつくる新しい医療」と題した報告において、ゲノムに基づく標的薬開発、具体的なゲノム解析法などを述べたうえで、ゲノム解析部門の最初の目標である『1000人全ゲノム解析計画』(東北全ゲノムリファレンス・パネル)を紹介し、それによって「日本人の参照ゲノム」が出来上がり、今後のゲノム医療に寄与するであろうことを示しました。

 ついで、3つの招待講演が行われました。
 ひとつめの招待講演は中釜斉 国立がん研究センター研究所長による「オールジャパンで被災地を応援〜ナショナルセンターと東北メディカル・メガバンクの連携」でした。中釜氏は「遺伝要因と環境要因から成るがん疾患の治療において、バイオバンクが重要な役割を担っていること」、「患者コホートであるナショナルセンターバイオバンクネットワーク(以下、NCBN。6つのナショナルセンターのバイオバンクによるネットワーク)の紹介」、「患者コホート(NCBN)と住民コホート(ToMMo)の連携の重要性」などを述べられ、「私たちが受ける現在の医療は、過去の多くの人々からの贈り物である」と締めくくられました。
 二つめの招待講演は久保充明 理化学研究所統合生命医科学研究センター副センター長による「オーダーメイド医療実現化プロジェクト:10年間の歩み」でした。久保氏は「活動開始後10年が経過した『バイオバンク・ジャパン』の紹介」、「オーダーメイド医療や予防の実現のためには、遺伝要因と環境要因の関係の解明、リスク予測、リスクに応じた治療法や予防法の開発という3つの条件が必要であること」などを述べられ、「病気のなりやすさに関わる遺伝子の解明だけでなく、それらと環境要因との関係性、それらと薬の効果・副作用との関係性を解明していくことが本事業のキーポイントとなる」と締めくくられました。
 三つめの招待講演は辰井聡子 立教大学大学院法務研究科教授による「研究と市民と法」でした。辰井氏は「本事業のような『次世代の保健医療現場における試み』を社会に還元するシステムの中心にあるのが法であること」、「法とは『正義であることを標榜するもの』であり、『正義として承認されることを要求するもの』であること」、「法とは『正義へ向かう企て(project)』であること」などを述べられ、「法的にみた本事業の成功の鍵は、研究に協力する市民を一参加者として議論に巻き込んでいけるかどうかにある。関係者はそのための工夫をすべきであり、一般市民に『プレイヤーとしての議論への参加』をうながすべきである」と締めくくられました。

 休憩を挟んで再開された後半は、フリーアナウンサーの岩手佳代子さんをコーディネーターとして、山本雅之機構長(ToMMo)、久保氏(前出・理化研)、辰井氏(前出・立教大学)、辻部門長(前出・ToMMo)、布施副部門長(前出・ToMMo)によるパネルディスカッションが行われました。

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特に伝えたいこととして、山本機構長は「個別医療をオーダーメイドの洋服に例えると、洋服の寸法にあたるのが遺伝子データと日々の生活習慣のデータ。被災した岩手・宮城にこそ、最初に『個人の体質に適した治療』を届けたいという思いがあって、本事業を国に提案した。経済のためにバンク(銀行)が必要であるのと同様、未来の医療のためにバンク(バイオバンク)が必要だ」と述べました。
 久保氏は「30億の文字の並び(ヒトゲノム)が分かったのは2003年。わずか10年前だ。数年先には個人個人の『30億の文字』をたった数時間でも読み取れるようになる。それによって、良いこともあるだろうし悪いこともあるだろう。両方の側面がある中で、私たちは聴衆の皆さんと一緒に正義に向かって歩んでいく必要がある」と述べられました。
 辰井氏は「専門家ではないので、この研究事業についての是非はまだよく分からないが、国際的に普通に行われていること(大規模バイオバンクの構築)が日本でも普通に行われるのであれば、うれしいことではないかと一市民として思っている」と述べられました。
 さらに、山本機構長は本事業のもうひとつの効果として「災害が起こっても二度とカルテが失われないように『カルテのICT化』を踏まえた世界最先端の研究拠点を作り、人や企業が集まってくるような集積効果を実現したい。東北の価値を高めたい」と述べました。

 質疑応答のコーナーでは、会場の参加者からいくつかの質問が投げかけられました。
 「連携・協力の意義は何ですか? 何に役立つのですか?」という質問には、久保氏が「医学的に、罹患の原因は遺伝的要素と環境的要素が半々だと言われているが、本当にそうかどうかはまだ分かっていない。疾病の種類による『要素の影響の比率』は分かっていない。本事業がそれを見つけていく。見つけるために連携・協力していく」と回答されていました。
 「コホート事業に参加する住民のメリットは何ですか?」という質問には、辻部門長が「様々な調査(検査)を行うので、通常の検診では見つからない疾患の傾向を見つけることができる」と回答し、それを受けて布施副部門長が「現在、『参加者の健康に役立つ』という点を考慮した独自の調査内容を練っている」と回答しました。また、山本機構長は「参加住民の方々にお返しできるものとしては、遺伝子要因と環境要因を総合して判断する『あなたはこういう病気になるリスクが普通の人よりも高いですよ』といったアドバイスがある。また、MRI検査も導入することによってお返ししていきたい」と回答しました。
 「他のバイオバンクとの協力体制はどのようになる予定ですか?」という質問には、辻部門長が「バイオバンク・ジャパン、J-MICC Study(日本多施設共同コーホート研究: ジェイミック・スタディ)や、NCBNなど全国のコホート事業によって集積された試料やバイオバンクと本事業のバイオバンクを合わせて、数十万人規模のバイオバンクに総合化する。欧米では数十万人規模のバイオバンクは当たり前であり、オールジャパンのコンソーシアムを作っていく」と回答し、久保氏が「本事業から新たな研究情報が出てくるので、それを東北規模、全国規模、国際規模といったいろいろなレベルで利用できるデータを発信していく」と回答しました。
 「1000人全ゲノム解析計画では、1000人のゲノムをどのように集めるのか? また、数を1000とした意味は?」という質問には、布施副部門長が「各地域支援センターを中心に集めていく予定だ。我々の解析能力、および1%以下の罹患頻度の遺伝子多型もカバーするために1000人と設定した」と回答し、山本機構長は「世界では1000人規模の解析データがすでに存在するが、そのデータでは6回くらいしか読んでいない。我々の1000人計画では正確を期すために同じ機械で30回読むことにした。また、私たちの計画では東北地方の均一な日本人の集団で、しかも非常に正確に読んだデータとなるので、世界史的な意義のあるゲノム参照パネルだと考えている」と回答しました。

 最後に、八重樫伸生副機構長(ToMMo)から「ようやくこの日が訪れて大変感慨深い。今日は『正義への企て』という意義のあるキーワードをいただいた。今後、正義に向かって進むために、ぜひ、皆様のご協力をあおぎたい」との閉会の挨拶があり、本シンポジウムは無事終了しました。

 被災地に、そして宮城に医療と健康をもたらすToMMoの「企て」はまだ緒に就いたばかりです。今後、様々な課題や試練を乗り越えて事業の実現を目指すToMMoは、熱い思いを原動力に、今、静かに歩み始めたのです。

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