お知らせ
- 2026.10.05
日本人DPYD遺伝子多型の網羅的機能解析 ~5-FUによる重篤な副作用の予測と個別化がん化学療法への応用に期待~
発表のポイント
・東北メディカル・メガバンク(TMM)計画による日本人8,380人の全ゲノム解析データから見いだされた26種類のDPYD遺伝子バリアントについて、ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)の機能を網羅的に解析しました。
・26種類のうち、Ile150Phe、Gly194Asp、Glu386Ter、Ile756Thr、Pro772Argの5種類でDPD酵素活性が著しく低下または消失し、そのうちGly194Asp、Glu386Ter、Pro772Argの3種類は機能喪失型バリアントであることを明らかにしました。
・本成果は、日本人集団におけるDPYD遺伝子多型と5-フルオロウラシル(5-FU)代謝能との関係を明らかにする基盤データとなり、将来的にはフルオロピリミジン系抗がん薬による重篤な副作用の予測や、患者一人ひとりに適した投与量設定につながることが期待されます。
概要
5-フルオロウラシル(5-FU)は、大腸がん、胃がん、乳がんをはじめとする多くの固形がんの治療に広く用いられている抗がん薬です。カペシタビンやテガフールなどの経口フルオロピリミジン系抗がん薬も、体内で5-FUへ変換されることによって抗腫瘍効果を示します。5-FUの体内での分解を担う中心的な酵素が、DPYD遺伝子によってコードされるジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)です。DPDは5-FU代謝の律速酵素であり、その活性が遺伝的に低下している患者では5-FUが体内に蓄積し、骨髄抑制、消化管障害などの重篤な副作用を生じる可能性があります。
欧米では、DPYD*2Aなど複数のDPYD遺伝子多型がフルオロピリミジン系抗がん薬の重篤な副作用と関連することが知られ、治療前の遺伝子検査に基づく投与量調節が進められています。一方、これらの代表的なリスクバリアントは日本人を含む東アジア人では非常にまれであり、日本人において、どのDPYDバリアントがDPD機能低下を引き起こすのかについては、十分に明らかになっていませんでした。
東北大学大学院薬学研究科ゲノム医療薬学分野の平塚真弘教授、寺内健人氏、東北大学未来型医療創成センターの菱沼英史助教らの研究グループは、東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)が構築した日本人8,380人の全ゲノム解析データを用い、DPYD遺伝子のタンパク質コード領域に存在する26種類のバリアントを抽出しました。これら26種類のDPYDバリアントについて組換えDPDタンパク質を作製し、5-FUを基質として酵素活性を詳細に解析しました。その結果、5種類のバリアントでDPD活性が著しく低下または消失することを明らかにしました。特に、Gly194Asp、Glu386Ter、Pro772Argでは酵素活性が検出されない機能喪失が認められ、Ile150PheおよびIle756Thrでも酵素活性が大きく低下していました。さらに、DPDは複数のタンパク質分子が会合した構造をとることで機能しますが、Gly194AspおよびGlu386Terでは正常なホモ二量体形成が検出されませんでした。一方、その他の機能低下型バリアントでは二量体形成が維持されていたことから、DPD機能低下にはタンパク質の会合異常だけでなく、補酵素との相互作用や局所的な立体構造変化など、複数の分子機構が関与する可能性が示されました。
本研究は、日本人集団に存在する希少DPYDバリアントについて実際の酵素機能を体系的に評価したものであり、ゲノム情報から5-FU代謝能を予測するための重要な基盤情報となります。今後、これらのバリアントを有する患者におけるフルオロピリミジン系抗がん薬の血中濃度や副作用との関連を臨床的に検証することで、日本人に適したDPYD遺伝子検査や、遺伝情報に基づく抗がん薬投与量の個別化につながることが期待されます。

研究成果の意義
フルオロピリミジン系抗がん薬は現在も多くのがん治療で使用されていますが、治療効果や副作用には大きな個人差があります。欧米を中心に確立されてきたDPYD遺伝子検査では、日本人集団における遺伝的特徴を十分に反映できない可能性があります。本研究では、TMM計画によって得られた大規模な日本人全ゲノム情報と、実験による酵素機能解析を組み合わせることにより、日本人に特有あるいは日本人集団で認められる希少バリアントの機能を直接評価しました。
本研究は、大規模ゲノム情報を単に「バリアントを見つける」だけでなく、「そのバリアントが薬物代謝機能にどのような影響を及ぼすのか」まで明らかにするものです。今後、臨床情報との関連が明らかになれば、フルオロピリミジン系抗がん薬による重篤な副作用を治療前に予測し、患者ごとに適切な薬剤や投与量を選択するファーマコゲノミクス(PGx)に基づく個別化医療の実現に貢献すると期待されます。
論文情報
著者:
Kento Terauchi, Eiji Hishinuma, Akiko Ueda, Shota Nishihara, Sakae Saito, Shu Tadaka, Kengo Kinoshita, Masamitsu Maekawa, Nariyasu Mano, Yuu Miyauchi, Masahiro Hiratsuka
掲載誌:
Drug Metabolism and Disposition
掲載日:
2026年9月17日(オンライン掲載)
DOI:
10.1016/j.dmd.2026.100408