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第4回 いつの間にか、冒険の旅へ

地道に生きるはずだったのに

アメリカの学会で発表した時に、今でいうところの「バイオインフォマティクス」を日本で立ち上げようとしている人々に出会いました。バイオインフォマティクスというのは、生物学とコンピュータの技術を合わせたような学問です。その頃アメリカでも始まったばかりで、そこには私が知らない様々な知識がありました。私が出会った方は、東京大学医科学研究所の高木利久先生です。今はもう日本のゲノム関係のリーダー的な存在ですが、その頃は、ゲノムやバイオインフォマティクスについて日本で詳しい方は少なかったので、高木先生を中心に20人くらいの仲間たちが週に1回土曜日に3時間くらいかけて勉強会をするようになりました。

高井貴子

オントロジーの国際ワークショップにて。
左から、ドイツGöttingen大学Wingender教授、高井准教授、ドイツ同大学Michael博士、右端が高木利久教授

その頃の私は、研究上どうしても解決できない課題に悩んでいました。データベースというものは、データを一定の形式に整えて整理していくのですが、体の中の仕組みを組み込もうとすると、どうしても一定の形式に入れられないような情報が出てくるのです。そういう情報もきちんと入れないと、体の中の動きが正確に表現できない。「プログラミングやデータベースの技術だけでは限界があるのではないか」と感じ始めていました。バイオインフォマティクスと共に、その頃私が知ったのが「オントロジー」という学問です。オントロジーというのは、物と物との違いをどういう風にするとうまく見付けることができるのか、そもそもの本質的な違いが何なのかを見極めるための方法です。これを使えば、もしかしたら私の抱えている問題が解決できるかもしれない……。「これは!」と思いました。このオントロジーは情報科学の学問だったのですが、もともとオントロジーの礎を作ったのはギリシャ哲学者のアリストテレスです。情報科学なのに哲学的なので、情報系の研究者の中にはオントロジーの教科書を途中で投げ出しちゃう人も多いんですね。でも、私スイスイ読めました。なぜかというと、実は、高校生くらいの時に哲学にはまりまして、普通の小説を読むような感覚で哲学書を読んでいたからです。そんなわけで、オントロジーは最初から肌に馴染むというか、直感的に「自分に合っているな」と思えました。
ええ、またもや私は夢中になってしまったのです。

大好きな分子生物学、大好きなコンピュータ、大好きなオントロジー、素晴らしい仲間たちと共に学ぶ最先端の学問……その頃の私は、夢中も夢中、まさに無我夢中状態でした。脇目もふらずただただ前を向いて進んでいました。そしてそんな状態の中、大きな決断をしてしまうのです。

なんと……私はあんなに望んでいた国立衛研を辞めて大学に移ることにしたのです。研究所も大学も似たようなものだと思う方も多いかもしれませんが、公務員とは異なり大学の職というのは結構不安定なものです。決められた期間の間に予算に見合う結果を出さなければならず、それができなければ大学を去るしかありません。もちろん終身雇用の保証はなし。特に、2004年に国立大学が国立大学法人になってからは「予算を獲得して結果を出す」というサイクルを継続することが求められ、このサイクルを回せなくなったら終わり、そういう傾向が強くなっていきました。まるで資金繰りに悩む小さなお店です。私がやったことは、お菓子作りに夢中になって商売になるかどうかもよく考えずケーキ屋さんを開業したようなものだったのです。そのことを覚悟して決断したかといわれると……どうでしょうか? 当時は解っていたつもりでしたが、今考えると、「どうしてそんな向こう見ずなことをしてしまったのだろう」と思います。私のモットー、「地道に冒険しないで生きる」というコースから大きく外れてしまったことに、本当の意味で気が付いていなかったのだと思います。

大学に移ってからは苦労の連続でした。公務員のポジションがあって決められた中で与えられた仕事をこなしていくのとは違って、自分で考えて研究するのはもちろん、論文は書かなければならないし、研究費は自分で取ってこなければならないし、周りはめちゃくちゃ頭がいい人ばかりだし……。大学に行って一番困ったのは「少しでも周りから秀でたところがないと、生きていけない世界だった」ということです。それは、地道に冒険しないで生きるという方針とはかけ離れたことでした。
気が付いた時には後の祭り。国立衛研に戻れるわけもなく、なんとか「自分に他の人より秀でたところはないか。自分にできることは何か」を模索し続けて、研究以外の実務的なことも含めて、いろいろなことを試しては失敗したり、多少はうまく行ったり、大学を変わったり、本当に様々な経験をさせていただきました。

そんな頃です。東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)が発足することになったのは。

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