未知のなかば 未知先案内人

interview

第1回 「寄り添う者、遺伝カウンセラー」を育てるということ

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川目 裕
人材育成室 副室長
(遺伝子診療支援・遺伝カウンセリング分野 教授)

「遺伝カウンセラー」という職種、世の中の多くの方々は、まだ、あまり耳にされたことがないかもしれません。この職種は遺伝子や染色体など遺伝要因に関わる病気や体質について、患者さんとそのご家族や一般市民の方からの相談に乗って遺伝カウンセリングを行う職種です。遺伝子検査の結果を当事者に分かりやすく説明し、その意味についてともに考え、必要な支援を行います。現在、世界は「ゲノム社会」に向かいつつあり、医療分野においても「遺伝的背景を考慮した医療」が必要となってきました。遺伝カウンセラーという職種は、そのような時代の要請を受けて登場してきたのです。現在、米国で約3000人、日本では151人の遺伝カウンセラーが活躍していますが、今後はもっと必要になってくるはず。そんな「新しい職種」である遺伝カウンセラーを養成するために、私は東北大学東北メディカル・メガバンク機構(以下、ToMMo)にやってきました。私自身は、医師としての臨床遺伝医療の仕事を続けながら、徐々に遺伝カウンセラー養成という活動にフォーカスして現在に至っています。

小児科医から遺伝学の道へ

 そもそも医療の世界に進んだことには、私の父が自宅で開業医を営んでいたことが影響しているように思います。耳鼻咽喉科でした。小さい頃から「襖一枚へだてて診察室」という環境で育ちました。クレゾールの匂いが家に漂っていて。

 でも最初から医者になろうと思っていたわけではありません。大学に入る前、進路を決める時期に、当初は「心理学をやりたい」と思っていました。日本の大学では、心理学を学ぶならば人文系、つまり文学部や教育学部ということになります。しかし、(父は直接、口には出さなかったのですが)「医者をやってほしい」というプレッシャーもあって、医大に入学しました。医者になっても「心」のことについては「脳」についての勉強から入ることができるし、精神科や心療内科もあると思ったからです。

 医大では小児科を専攻しました。小児科を選んだのは幼少時の原体験が影響している気がします。子どもの頃、私は喘息気味で熱を出すこともよくありました。そんな時は近所のかかりつけの小児科医院に母が連れて行ってくれました。診察の時に先生が首のあたりのリンパ節を触診してくれるのですが、とても安心感を覚えて、それだけで治ったという気持ちになりました。先生の温かい手、大きな手をよく覚えています。そういう原体験の影響が私を小児科に進ませたのでしょう。

 小児科に入ってから、自分なりにいくつか興味があるテーマが出てきて、そのひとつが「先天性代謝異常症」という病気でした。あるひとつの酵素が体内で作られなくなり、その影響で身体の中にいろいろな物質が溜まってしまうという病気です。このテーマに関連して遺伝学の勉強を始めました。いろいろと勉強するうちに「遺伝医学の研究の先進国である米国に行きたい」と思うようになりました。1980年代の後半から90年あたりのことですね。ちょうど世界的に遺伝子の研究が盛んになった頃で、様々な遺伝性疾患の原因となる遺伝子が見いだされ、米国ではノックアウトマウスやノックインマウスなどが初めて作られた頃です。

【編集部註:ノックアウトマウスとは、遺伝子工学によって、ひとつ以上の遺伝子を機能させなくしたマウスのこと。ノックインマウスは、遺伝子工学によって、特定の遺伝子を挿入したマウスのこと。】

 その希望をかなえるべく、92年、米国のシアトルにあるワシントン大学に留学しました。

米国で出会った遺伝医療の素晴らしさ

  ワシントン大学には、X染色体の不活化のメカニズムを研究するために行きました。ヒトの細胞の核という部分に23組46本(1組は2本)の染色体があるのですが、そのうちの1組(2本)を性染色体といって、女性はX染色体が2本、男性はX染色体とY染色体が1本ずつになっています。女性のX染色体2本のうち、片方のX染色体の遺伝子発現は抑制されているのですが、その抑制の仕組みを研究しに行ったんですね。……しかし、今、振り返ってみると、この時期に人生の大きな転機が訪れました。研究をしながら、遺伝性疾患を持った患者さんの症例研究会に出させていただいて、遺伝子研究というよりも実際の遺伝医療のほうに大変な興味を持ち始めました。そして、その症例研究会をきっかけにシアトルの小児病院で週2回の遺伝外来に就かせていただきました。最初にその遺伝外来を訪れた時……本当に素晴らしいと思いました。「こんなに素晴らしい医療が世の中にあったのか」と鮮烈な印象を受けたんです。

 どのように素晴らしかったかというと、まず、完全予約制で患者さん一人の診療時間が1時間くらい。診察室は個室。その部屋で、患者であるお子さんは遊びながら、ご家族はゆったりとソファに座って、診察を受けたり、疾患の説明や今後の人生に関する不安をじっくりと聞いてもらう。いわゆる「遺伝カウンセリング」の時間ですね……日本の外来では、カーテン一枚で仕切られていて、患者さん一人につき10分か15分で診察を終えなければならないという環境が多いのですが、その遺伝外来は違いました。遺伝医療は患者さんやご家族の「心の揺れ」を伴うことが多いので、そのようなゆったりした診察環境が望ましいわけですね。そして、もっとも素晴らしかった点は……そこに、遺伝カウンセラーがいたことでした。

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