遺伝情報回付事業の背景と経緯
- 成果と活動
- 地域の健康を支援する-15万人のコホート調査-
- コホート調査における遺伝情報回付
- 遺伝情報回付事業の背景と経緯
背景
東北メディカル・メガバンク計画は個別化ヘルスケアの基盤を作ることを目的のひとつにしており、一人ひとりが自らの遺伝情報について正しく知ることはその実現に欠かせないと考えています。同時に当計画は、東日本大震災後の復興プロジェクトであることから、可能な限り多くの成果を参加者一人ひとりのヘルスケアに直接役立てていただきたいと考え、遺伝情報回付の実現に向けて検討することにしました。
また、私たちが取り組みはじめた当時のヒトゲノムを解析する研究プロジェクトでは、ゲノム解析結果を本人に開示しないことが通例になっていました。それに対して当計画では、コホート調査参加時の説明同意文書に「準備が整ったら遺伝情報の回付を行うこともある」と明記しました。一方で、日本国内において前例がなく、実施するためには検討しなければならない多くの課題があったことから、全国の有識者を交えて検討した上で、遺伝情報解析に基づく結果を調査参加者にお返しできる条件を厳密に定める必要がありました。
経緯
検討の枠組
遺伝情報の回付を検討するにあたって、学外の専門家に審議を依頼するなどして議論を重ねました。倫理・法令全国ワーキンググループにより、説明同意文書における回付の考え方についての記載案が検討・策定された後、倫理委員会での審議を経て、ToMMoのコホート調査で採用されました。
また、具体的な遺伝情報回付の準備に向けた検討にあたっては、機構内のタスクフォースが実際に回付を行うための条件などを整理して報告書を作成し、遺伝情報等回付検討委員会に議論を依頼しました。
遺伝情報等回付検討委員会は、主に東北大学および岩手医科大学以外の多岐にわたる分野(遺伝医療、ゲノム解析、生命倫理、遺伝カウンセリングなど)の専門家によって構成され、委員長以下、10名程度の委員からなります。本委員会は、遺伝情報回付の基本的なあり方や、回付すべき情報とその方法など研究計画、倫理法令面についての議論を行い、その議論を経て両大学により回付を行うことになりました。
なお、議事録等はこちら(2 遺伝情報等回付検討委員会)からご覧いただけます。
論点
遺伝情報等回付検討委員会で、最初に機構内のタスクフォースでまとめられた論点をもとに、議論が行われました。主な論点は、「ゲノムコホート研究においての遺伝情報の回付」「回付する遺伝情報の選定」などです。私たちが取り組むまで、国内において前例がなかったことから先駆的な役割を果たさねばならないため、より慎重な議論が必要とされました。単に個別の回付の是非を検討するだけでなく、回付に関してのポリシー、方向性についても所掌事項として議論検討を重ねました。(詳細は第1回から数回分の議事録を参照して下さい)
特に「回付する遺伝情報の選定」についての議論で論点とされた以下のa.~i.の9項目は、現在の議論でも概ね活かされています。(多因子疾患についてb)はその後、回付の実施に向けた検討や取り組みが始まりました)
a. 当計画の目的である個別化医療・予防に関連する
b. 回付する遺伝子は、現状では、多因子疾患においては、リスクや介入方法が確立されていないので、単一遺伝子とPGx(薬物応答に関する遺伝子情報)の両者を平行して検討する
c. 臨床的妥当性、臨床的有用性が確立している
d. 医療として対応法がある(Actionable)
e. 回付対象数が現実的に対応可能な範囲である
f. 検証が容易である(再検査が可能)
g. 計画の段階から回付しようとする疾患の専門家が関与する
h. 回付後の医療の受け皿、フォローアップがあること
i. 初めはパイロット研究としてスタートして、検証を行いながら進める
同委員会は、現在に至るまで年に数回の議論を続けています。
遺伝情報回付に向けた準備
背景でも述べた通り、遺伝情報の解析研究および結果回付の予定についても説明同意文書に明記しました。記載内容についてはゲノム指針にある記載をほぼそのまま踏襲しており、回付を実際に行うにあたっては以下の4つの条件に十分配慮することとしました。
1. 回付する情報の精度と確実性(専門用語ではAnalytical Validity、分析的妥当性)
2. 健康にとって重要(専門用語ではClinical Validity、臨床的妥当性)
3. 研究に支障をきたさないこと
4. 有効な治療法があること(専門用語ではActionable。Clinical Utility 臨床的有用性という概念の中で一歩進んだ要件)
また、回付に向けた「準備」を進めるにあたっては以下が大切と考えました。
・回付可能な情報をさまざまな見地から適切に選定すること
・その情報を回付することで対象者の方々に明らかな不利益が生じないこと
・その情報の回付を対象者の方が望んでいることを確認できること
・対象者の方が回付された遺伝情報を健康のために活かす手段があり、また、回付実施者が医療機関などに紹介ができること
このことから、コホート参加者の方々がご自身の遺伝情報をそもそも知りたいか、どのような方法で知りたいか、などを中心に調査研究を行いました。遺伝情報の特質などについての講義形式の講習会、講習会受講前後での意識・知識の変化等についての調査も実施し、学術論文としてJournal of Human Genetics誌に掲載されています。(J Hum Genet, 63:1139–1147, 2018)
おおよそ準備が整ったと判断した段階で、少人数を対象に試験的な回付(パイロット研究)を開始し、複数の異なるパイロット研究を実施しました。パイロット研究の詳細ついてはこちら(1-3パイロット研究)をご覧ください。
また、遺伝情報回付対象とする遺伝情報の選定にあたっては、2013年にアメリカ臨床遺伝学会(ACMG)が出したガイドライン等を参考にしました。さらに、我が国において臨床検査対応や保険収載等がどのようになっているかの状況調査を行い、本調査結果は学術論文として日本遺伝カウンセリング学会学会誌に掲載されています。(ISSN 1347-9628, Jpn J Genet Counsel, 37(3): 105-126 2016)
遺伝情報の回付にあたって特に参考にしたのは以下の団体・研究等です。
参考にした団体・研究等