河北新報 リレーエッセー 医進伝心 第56回

生活習慣病に関わる遺伝と環境要因/相互作用の解明目指す

2016年7月6日 掲載
 田中博

病気の中には、生まれ持った遺伝子の異常だけで病気になる先天的な疾患もありますが、95%の病気は、本人の遺伝的要因だけでなく生活習慣などの環境的要因との相互作用によって発症します。
環境因子の影響は、私たちが母親の胎内にいる時から始まっています。有名な例は、第2次世界大戦末期のオランダ飢饉(ききん)です。ナチスの港湾封鎖によって終戦前の半年間、オランダは大変な飢饉に陥りました。この時期に母親の胎内にいた胎児は、終戦後30年以上を経て、肥満、心筋梗塞、糖尿病などを高い頻度で発症しました。胎児期に低栄養の環境にさらされたので、終戦後に食料環境が潤沢になっても、栄養を「蓄積」して低栄養状態に備える「倹約型」の体質になり、かえって病気を生んだのです。30年以上も前の胎内環境が、健康に影響を及ぼしていたことは驚きでした。
遺伝要因と環境要因の相互作用も、単なる足し算や掛け算ではないことが最近分かってきています。米国の大腸がんの発症要因に関する調査によると、喫煙やよく焼いた肉に対する嗜好(しこう)といった「生活習慣環境要因」と、酸化ストレスを処理する酵素の働きが弱いタイプなどの「遺伝要因」のそれぞれの危険因子の組み合わせも、大半は1.2~1.3倍ぐらいの発症リスクの上昇ですが、全部の要因が悪い方へそろうと一挙に10倍近くに上昇します。
生活習慣病の発症に関する遺伝要因と環境要因の相互作用の仕方については、いまだよく分からないことが多く、最新の医学研究において具体的な解明を目指しています。

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