河北新報 リレーエッセー 医進伝心 第24回

遺伝子研究を深化させるオントロジー技術/「生命」の理解支える土台

2015年2月18日 掲載
高井貴子

私たちは、ヒトの遺伝子について研究しています。その種類は2万を超えます。「2万種類全てを暗記しているらしい」。ノーベル生理学・医学賞を受賞したシドニー・ブレナー博士は、そううわさされていました。凡人の頭ではあえなく大爆発しそうです。数が多くて困った時に、助けてくれるのは計算機です。計算機に2万種類の遺伝子を登録しておけば、ブレナー博士に対抗できます。
しかしもし検索にまごつくと、ブレナー博士に「暗記せよ」と言われてしまうでしょう。「暗記」とは、2万種類の遺伝子を、秩序をもって配置することで、高速に検索できる仕組みなのかもしれません。
「暗記」と同様の仕組みを、計算機に実装するための技術を、オントロジーといいます。オントロジーの礎を作ったのは大昔、ギリシャ哲学者のアリストテレスです。アリストテレスは「世界を記述する方法」を探求していました。世界は「もの」と「もの」の関係で記述することができると発見したのです。
私の居室を「世界」とすると、壁には書棚、机の上にはパソコンとポット、引き出しにはのどあめ…と、「もの」の列挙とそれらの関係の記述を通して、読者のみなさんと「世界」を共有できます。記述方法を記号化すれば、計算機とも共有でき、計算機に「のどあめはどこ?」と質問できる、これがオントロジーです。
残念ながら現在のオントロジー技術は、研究者の「ヒト遺伝子の世界」の記述には不足しています。2万種類の遺伝子の協調が担う「生命」という現象について、十分に検索できる計算機がありません。「生命」の理解とは、全ての遺伝子と相互の協調を記号化して、計算機で再現できることではないか、と考えています。オントロジーはその土台です。たくさんの計算機技術の集結を支え、「生命」の理解を支えます。

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