尿ナトカリ比測定を活用した取組

食事で摂取した塩分(ナトリウム)とカリウムの量を客観的に評価するため、尿中に排泄されたナトリウムとカリウムの濃度(mmol/L)の比(尿ナトカリ比)を測定する方法があります。高血圧の要因の一つであるナトリウムの過剰摂取と、野菜などに多く含まれるカリウムの摂取不足を評価する観点から、高血圧予防の指標として尿ナトカリ比が近年注目されています。
尿ナトカリ比は、人間の身体の仕組みや機能などによる影響、食事の影響などにより一日の中で大きな変動がみられる指標です。評価するための最も精度の高い測定方法は複数日の24時間蓄尿による算出ですが、時間と手間のかかる方法です。日本人を対象とした研究においてより簡便な随時尿の複数回の測定からの算出と24時間蓄尿による算出が高い相関性と一致性があることが示唆されています。また、尿ナトカリ比値を簡単かつ短時間で測定できるナトカリ計(HEU-001F, OMRON Healthcare)が開発されたことで、尿ナトカリ比高値と高血圧との関連についてなど、多くの研究成果が報告されるようになりました。

日本高血圧学会コンセンサスステートメントとToMMoの取組

2024年10月、日本高血圧学会は日本人のための尿ナトカリ比の目標値と適切な評価方法を提唱するため、機関誌Hypertension Researchにてコンセンサスステートメントを公表しました。健常日本人における尿ナトカリ比の目標値として、厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」のナトリウムとカリウムの摂取目標量に相当する2未満を至適目標に、日本人の平均値未満に相当する4未満を実現可能目標に設定しました。(疾患を有する患者には知見不足のため、これらの目標値は適用されません)
コンセンサスステートメントを公表した背景には、臨床や保健指導の場において尿ナトカリ比の目標値が具体的に設定されていることが望ましいにもかかわらず、これまでにそのような値は設定されていなかったという課題がありました。しかし、近年の尿ナトカリ比に関する疫学研究の進歩を受けて、尿ナトカリ比の目標値の設定に至りました。ToMMoにおける疫学研究成果もその一端を担っており、健康診査時における随時尿ナトカリ比測定が集団に対する高血圧対策に有効である可能性など、ToMMoの研究者らによる複数の研究成果で示されたことがコンセンサスステートメントの公表の一助となっています。尿ナトカリ比測定は採血等と比べて身体的負担が少なく、日本全国の健診機関や医療機関においても比較的容易に導入が可能です。高血圧の予防と管理、さらには脳卒中、心臓病、腎臓病の予防のために、減塩とカリウム摂取増加の指標として、尿ナトカリ比がさらに活用されることが期待されています。

ToMMoにおける尿ナトカリ比に関する疫学研究

ToMMoでは、日常生活のモニタリングで得られた検査値と高血圧などの疾病との関連を明らかにするため、2017年5月よりオムロン ヘルスケア株式会社(以降、オムロン ヘルスケア社)と共同研究を行い、約1万人のコホート参加者の皆さまにナトカリ計をはじめ、活動量計、睡眠計など様々な機器によるデータ測定の追加実施にご協力いただきました。生活習慣と高血圧との関係についての疫学調査はこれまでも行われてきていましたが、大規模なものは自己申告のアンケートによるものが多く、正確性を欠いていました。一方で、ToMMo、オムロン ヘルスケア社がともに参加している東北大学産学連携機構イノベーション戦略推進センター革新的イノベーション研究プロジェクト(以降、COI東北拠点)において、市町村の健康診査や保健指導での活用を進め、ナトカリ計がコホート調査においても十分使用可能であったことから、大規模ゲノムコホート研究で活用するに至りました。生活習慣と健康関連指標との関連を、さらに遺伝情報との関わりも含めて高精度で評価できる可能性が広がり、様々な研究成果を創出しています。

自分で測り自分で創る健康社会へ ‐一人ひとりの日常生活のモニタリングと健康データの関連の解明を目指した5,000人規模の共同研究を開始‐【プレスリリース】

また、宮城県登米市では長年、住民の高血圧が地域の健康課題でしたが、登米市、ToMMo、COI東北拠点が連携し、2017年度より登米市の特定健診時に尿ナトカリ比の測定をモデル的に導入しました。この取組を継続して実施する中で、地域全体で尿ナトカリ比や血圧が低下したことから、特定健診会場で尿ナトカリ比を測定とその場での測定結果の返却が、住民の減塩や野菜摂取量の増加などの行動変容を促した可能性が示されました。健診会場での尿ナトカリ比測定が住民全体の血圧に好影響を与える可能性が示され、産学官が連携した社会実装のモデルケースの一つとなりました。さらに、登米市では塩分を控え、カリウムを多く摂取できるナトカリレシピを考案し市内で配布したり、市内の小学5・6年生の親子を対象に、子どもの頃から食や健康に関心を持っていただく機会としてナトカリレシピコンテストを開催するなど、尿ナトカリ比を自治体の健康増進活動のツールとして活用した取組がなされています。

主な研究成果

尿ナトカリ比を活用した疫学研究から複数の研究成果が創出されています。主な研究成果は以下です。

尿中ナトリウム排泄量(塩分摂取量)と心房細動の関連に関する論文が掲載(2025.01.23)

地域住民コホート調査から高血圧の危険因子と収縮期血圧の関連に関する論文が掲載(2024.03.01)

ナトリウム/カリウム(Na/K)比に関する知見と今後の展開についての総説が掲載されました(2023.04.04)

尿ナトカリ比は低ければ低いほど高血圧有病リスクが低い、尿ナトカリ比は2.0を目標に -オムロン ヘルスケア株式会社との共同研究が国際科学誌に掲載-(2022.01.26)

本態性高血圧のリスク因子としてのナトリウム/カリウム(Na/K)比についての総説が日本循環器病予防学会誌に掲載(2020.10.01)

“ナトカリ比測定”が集団に対する高血圧対策に有効な可能性を確認 ~塩と野菜の摂取バランスと血圧との関連を確認~【プレスリリース】(2020.09.03)

オムロンヘルスケア社との共同研究の論文(単日あるいは複数日測定の尿ナトカリ比と高血圧有病率との関連)がHypertension Research誌に掲載されました(2019.09.30)

オムロンヘルスケア社との共同研究の論文(睡眠効率と家庭高血圧との関連)がHypertension Research誌に掲載されました(2019.09.24)

さらに発展した協働の動き

2022年度以降、宮城県内の複数か所の市町村へエリアを拡大したり、対象を拡大する取組として自治体の職員、民間企業など主に団体に対して導入を促進する普及活動に取り組みました。なお、団体向けに、高血圧予防を促すためにナトカリ比測定を導入することを紹介する冊子「ナトカリチャレンジ」の頒布を行いました。また、COI東北拠点のメンバーでもあるカゴメ株式会社と東北大学で尿ナトカリ比を下げる食事方法を啓発するため、「ナトカリマップ®」を共同開発しました。

 

関連リンク

一般社団法人ナトカリ普及協会

COI東北拠点(東北大学×カゴメ×オムロン)