河北新報 リレーエッセー 医進伝心 第64回

懐かしさの脳メカニズム/追憶で得られる「報酬」

2016年11月2日 掲載
 大場健太郎

皆さんは最近「懐かしい」と感じた時のことを覚えているでしょうか? 楽しく幸せな気持ちだけでなく、切なさやほろ苦さも感じたかもしれません。人は週に数回、懐かしさを体験するという研究結果があります。人はなぜ過去を懐かしく思い出すのでしょうか?
社会心理学の分野では、この「なぜ」に答えるためにその機能の解明に焦点を当てた研究が行われてきました。その結果、懐かしさは、抑うつ感や孤独感を低下させ、自尊心や社会的つながりの感覚を高める作用があることが明らかになりました。懐かしさにはこのように不快な心理状態から私たちを回復させる作用があるのです。
一方、脳科学の分野では、「どのようなメカニズムで」懐かしさを感じるか、の検討が近年始まりました。これまでに、懐かしさを感じている時、海馬という記憶の中枢と共に、「報酬系」と呼ばれる領域が活動していることが、MRI(磁気共鳴画像装置)を用いた脳活動計測により分かってきました。報酬系は文字通り報酬(食べ物など生存に必要なものからお金や名誉まで)を獲得した時に活動が高まる領域です。私たちは自らの過去を報酬に変えられる脳メカニズムを持っているのです。
楽しかった出来事だけでなく、つらかった出来事も懐かしく思い出すことがあります。それはなぜか-。このような問いの検証にも脳科学的アプローチは有効です。懐かしさの脳科学研究は始まったばかりですが、認知症の予防や症状緩和のために行われる回想法の発展にもつながることから、臨床的にも注目され始めています。

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