河北新報 リレーエッセー 医進伝心 第28回

遺伝子への偶然の影響を解明する遺伝統計学/病気発生、数や頻度分析

2015年4月1日 掲載
 田宮元

「世界がもし100人の村だったら」どうなるでしょう?  遺伝学者なら「偶然の影響がとても強くなる」と答えるでしょう。集団が小さければ小さいほど偶然の影響は強くなります。1000人の村よりも100人の村である場合のほうが偶然の影響が強いのです。
アインシュタインの頃から、科学者は偶然の影響を定式化して自然界の複雑な現象を説明し、予測してきました。人類集団中での遺伝子DNAの挙動を数理的に研究する遺伝統計学もその一つです。偶然に生じて広まった病気の遺伝子の数や頻度を計算し、その正確な発見や一人一人が病気にかかるリスクを予測して予防につなげます。「計算しなくても、病気の遺伝子を持つ個体なんて子孫を残すという点では不利だから消えてしまうのでは?」と思われるかもしれません。ダーウィン進化論流の弱肉強食の比喩ですね。ところが必ずしもそうでもないのです。100人の村なら偶然に弱いものが生き残ることもあるでしょう。最新のヒトゲノム研究は過去の人類の人口が長期にわたって、たった1万人程度であったことを教えています。この数は、これまで調べられたどの生物よりも少ないのです。
どうやら人類は誕生以来、ほそぼそと生き延びてきた脆弱(ぜいじゃく)な生き物と言えそうです。何だか頼りない気もしますが、裏を返せば強い弱いだけでは決まらないということ。私のような弱い人間はホッとするところもあります。
遺伝統計学を学ぶと、いつも、偶然に生き残ってきた幸運を大切にするように、と教えられている気がします。

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