ようこそゲノムの世界へ|ゲノムに関する様々な情報を発信していきます。 - Part 5

Into the genome era
ゲノムの時代へ
膨大な情報を、
わたしたちは自在にあやつって、
新しい時代を拓くことができるのか、
やがてくる明日への羅針盤に

同じ多型で痩せたり太ったり?

~世代によって影響力が異なる~

遺伝学において、疾病や形質と強く関連する遺伝子多型がどのように機能しているのかを言い当てることは困難です。例えばFTO遺伝子のイントロンに存在する多型rs1421085もその一つです。同遺伝子はマウスの合指症(Fused toe)を示す変異の解析で発見され、合指症関連の大きい遺伝子(全長54 MB)Fastoと命名されました。FTO遺伝子そのものは核酸の脱メチル化酵素をコードしているのですが、近年ゲノムワイド関連解析によって、多くの民族で同遺伝子のrs9939609やrs1421085など、複数の多型が肥満に関連することが示されました。興味深いのは、米国で同遺伝子の多型の肥満への影響について世代別に解析したところ、rs9939609多型が肥満についての効果を強く示すのは1942年以後に出生した人たちに対してであり、それ以前に出生した人については効果が弱いことが示されました。さらにrs1421085多型はFTO遺伝子の機能とは関係なく、染色体上での隣のIRX3, IRX5という2つの遺伝子の発現を調節しており、このIRX3, IRX5遺伝子が脂肪細胞の分化に関連していることが判明しました。この一連の発見は、遺伝学の研究において多型の機能的意義付けの難しさを示す事例です。

参考文献:
Rosenquist, J. N., et al., Proc Natl Acad Sci USA. 2015.
Claussnitzer, M., et al., New Eng J Med. 2015.

2015.10.30|ダーウィニアン

耳垢のカサカサ、ネバネバを決める遺伝子の多型

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耳垢のタイプには、かさかさしたタイプ(乾型)とネバネバしたタイプ(湿型)があり、それがメンデル遺伝することが昔から知られていました。しかし、どの遺伝子が耳垢のタイプに関わるのかについては、分かるのに年月がかかりました。
ついに2006年にToMMo富田博秋 教授(予防医学・疫学部門)も在籍していた長崎大学のグループが、16番染色体上のABCC11 (ATP-binding cassette protein C11)という遺伝子が耳垢のタイプを決めることを突き止めました。そして、耳垢の乾型と湿型の違いは、ゲノム上のグアニン(G)またはアデニン(A)という一塩基多型(SNP)によることが分かりました。そのSNPは、ABCC11遺伝子の産物の180番目のアミノ酸のところで、グリシンまたはアルギニンという違いを生み出します。この箇所の遺伝子型がAAの人の耳垢は乾型に、一方でGAまたはGGの人は湿型になります。
ヨーロッパやアフリカの人々では、ほとんどが湿型で、乾型を決めるAのタイプは、日本を含む北東アジアに多く分布しており、その頻度は国内でも少しずつ異なっており、地理的な勾配があります。このように、遺伝子を調べていくと、意外な形で、人体の不思議や人間の成り立ちが明らかになっていくということもよく起こります。

【研究の裏話-富田博秋 教授(予防医学・疫学部門)】
私も在籍していた長崎大学の研究グループは、ヨーイドンで急に体を動かそうとすると、意に反して手足が勝手に動いてしまう「発作性運動誘発性コレオアテトーシス」の原因遺伝子が16番目の染色体の真ん中あたりにあることを突き止めていたのですが、家族性にこの症状のみられる方から、この症状がある人とない人とで耳垢のタイプが異なるというご家族のお話を伺いました。
耳垢の遺伝子も同じ場所にあるかも知れないということで、2002年、耳垢のタイプが異なる人の家系を調べて、やはり16番染色体上にあることと、その細かい場所を突き止めました。そして、2006年、その場所にあるABCC11遺伝子が耳垢のタイプを決めることを突き止めるに至りました。

参考文献:Yoshiura et al., Nat Genet. 2006.

【関連リンク】
富田教授のインタビュ― ”精神疾患、その原因を追い求めて”

2015.10.14|山口由美

半導体シーケンサー

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sakae次世代シーケンサーには原理・特徴の異なる様々な機種があります。その中でも半導体シーケンサーと呼ばれる機器では、専用の半導体チップ上に並んだ数μmのウェル(穴)の中でシーケンシング反応が行われます。ToMMoに導入されている半導体シーケンサーIon Proton、Ion PGMの原理は次のようなものです。まず、解析するDNAサンプルを数百塩基の長さの断片に切り、1分子の断片を1個のマイクロビーズに付けて増幅した後、ビーズを1つずつウェルにいれます。続いて、ウェルの中にポリメラーゼを加えてDNA合成を行うと、ビーズ上のDNA断片に相補的なヌクレオチドが取り込まれる過程で水素イオンが生成されます。この水素イオンによってウェルの中のpHが変化するため、DNA合成が行われたかどうかをイオンセンサーで検出することができます。半導体シーケンサーは1回の稼働で生成されるデータ量がやや少ない一方で、ラン時間が短くリードが長め(400bp)であり、これまでエクソーム解析、トランスクリプトーム解析やターゲットシーケンスなどに活用されてきました。今後、精度の向上やスループットの増加が実現することで、クリニカルシーケンスに役立つと期待されます。

2015.09.28|S

せっせと作って、いらなきゃ壊す

 

~酸化ストレスに素早く応答する生体防御の仕組み~

ストレスがない時(図を拡大)       酸化ストレス時(図を拡大)
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環境中には、様々な毒性物質があり、呼吸や食事で体内に取り込まれます。中には、放っておくとDNAやタンパク質などを酸化させ、様々な疾患の原因となるものがあります。これらの物質を解毒化するため、ストレス防御遺伝子が働くことが知られていますが、体内で毒性物質が悪さをする前に、素早く応答する必要があります。
細胞には、実はこのような毒性物質に対するセンサーが備わっており、Keap1タンパク質を含むタンパク質複合体でできています。Keap1が働く仕組みは次の通りです。細胞はストレスがない時から、ストレス防御遺伝子のスイッチをONにするNrf2という転写因子を合成していますが、そのほとんどはKeap1複合体によって分解されています。しかし、Keap1が毒性物質などのストレスを感知すると、Nrf2の分解は停止して、量が増加することで防御遺伝子のスイッチがONになります。普段から、使わないNrf2を合成し、Keap1複合体がすぐに分解してしまう、一見無駄とも思える方法ですが、ストレスに応答して素早く防御機構を発動させる仕組みとして、とても有効であると考えられています。

参考文献:Takafumi Suzuki, Masayuki Yamamoto, Free Radic Biol Med. 2015 Jun 25. doi:10.1016/j.freeradbiomed.2015.06.006

【関連リンク】
酸化ストレス防御にはたらく転写因子Nrf2の量的調節機構の解明

2015.09.10|クリビットJr.

ジェノタイピングとシークエンシング

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iScan_figジェノタイピングとは日本語に訳すと「遺伝子型判定」といい、全ゲノムの配列を解読する代わりに個人間で異なることが予めわかっているゲノム上の場所についてのみ検索する技術です。具体的には個人間で配列が異なる箇所を検出する短いDNAを数百万種類合成して1枚のチップに搭載し、30億塩基対のうちの1%程度の箇所について確認します。チップ上にない配列は検出できません。ToMMoでは次世代シークエンサーで全ゲノム解読を実施する検体については、全例チップによるジェノタイピングも実施します。それらについて同じサンプルで全ゲノム解読をすれば同じ結果が得られるはずで、不要ではないかと思われるかもしれません。しかし、実際にはヒトのゲノムには未知の多様性があり、次世代シークエンサーでは予想しない結果が出ることがあります。そのため、全ゲノム解読の精度を確認するためにジェノタイピングを実施します。また、次世代シークエンサーでの解析で万一検体を取り違えてもジェノタイピングした結果と合わせることで検体間の間違いを修正することも可能になります。

2015.08.13|ダーウィニアン