黒木陽子 | ようこそゲノムの世界へ

Into the genome era
ゲノムの時代へ
膨大な情報を、
わたしたちは自在にあやつって、
新しい時代を拓くことができるのか、
やがてくる明日への羅針盤に

♂になるだけじゃない? 

~Y染色体に秘められたがんを抑える力~

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kuroki_02哺乳類のY染色体には、性決定因子であるSRY (sex-determining region Y)遺伝子が存在し、胎生初期に、この遺伝子が機能すると、個体は雄への発生過程へと進むことが知られています。また、Y染色体は父から息子へと伝わり、常に雄の系譜を経て次世代へ伝播されます。このため、ゲノム進化の過程で、Y染色体には、雄特有で雄の生存に有利な遺伝子が蓄積されてきたと考えられています。その一方で、雄化に関与しない遺伝子は機能を失い、Y染色体から消失していくとも言われてきました。しかし、近年、ヒトの様々な表現型とゲノムの関連性を調べたゲノムコホート研究から、血中細胞におけるY染色体の欠失が、癌発症リスクの上昇や癌における生存率低下と関連することが明らかになってきました。このことは、Y染色体に、癌抑制因子や癌の予後に影響を及ぼす因子が存在することを示唆しています。これまで考えられてきた性決定や雄特有なゲノム機能に加えて、Y染色体には、癌抑制作用という新たな機能が潜在することがわかってきました。

参考文献:Forsberg et al., Nat Genet. 2014, 46:624-628

2015.08.13|黒木陽子

ジャンクDNAは単なるがらくたでは無かった?!

~ヒトゲノムに散在するAlu配列~

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kuroki01ヒトゲノムには、容姿や体質など、ヒトとヒトとの違いに関わる様々な遺伝情報が刻み込まれています。約30億塩基対からなるヒトゲノムでは、タンパク質に翻訳される遺伝子のエキソン領域は2 %程度で、その他の領域は、イントロンなどの遺伝子間領域と反復配列で構成されています。反復配列の中でも、レトロトランスポゾンであるSINE(short interspersed element)の一種として知られるAlu配列は、霊長類に特異的な反復配列で、ヒトゲノムの約10%を占めます。その数は100万コピーとも言われていますが、Alu配列の機能や生物学的な意義は明らかになっていません。ゲノム解析技術の進歩に伴い、数千人規模の個人ゲノム解読や、反復配列領域の個人間比較ができるようになってきました。これらの解析から、Alu配列の位置や分布に個人差があることや、Alu配列がプロモーター領域やエキソンまたはイントロンに挿入されることで、近傍に位置する遺伝子の機能を変化させ、病気を引き起こすことなどが明らかになってきました。かつてジャンクDNAと呼ばれ、これまで重視されなかったAluを含む反復配列が、ヒトの表現型に及ぼす影響や、ヒトゲノムにおける反復配列の生物学的意義の解明が進められています。

参考文献:Xing et al., Genome Res. 2013, 26:1516-1526

2015.08.12|黒木陽子