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私にピッタリの薬とは? -薬効や副作用の個人差-

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はるか昔から病気の治療に薬は欠かせません。近年ではドラッグストアを始め、コンビニやインターネットなどでも気軽に多くの種類の市販薬を購入することができるようになり、薬選びに関心を持つ人も多いはずです。
現在の薬物治療では、多くの人に効果があるように、なおかつ多くの人で副作用が最小限になるように、患者さんの疾患や症状によって薬の種類や投与量の目安が定められています。しかし、同じ風邪薬を同じ量服用したとしても、効果が出やすいヒトもいれば、眠気が出やすいヒトもいるように、薬の効果や副作用には個人差が生じる場合があります。この違いは何に由来するのでしょうか?

最近の研究で、薬を代謝する酵素や吸収・排泄に関わるトランスポーターの遺伝子のDNA配列の違いで薬の効果や副作用の発現に個人差が生じることが明らかになってきています。例えば、ヒトの主要な薬物代謝酵素であるシトクロムP450(CYP)の一種、CYP2C19は日本人の5人に1人の割合で活性が低いと言われており、活性が低いヒトは胃潰瘍や十二指腸潰瘍の原因となるピロリ菌の除菌において、より低用量で除菌が奏効する可能性が高くなります。
抗がん剤の代謝に関わる酵素にも個人差があります。主に胃がん、大腸がん、乳がんなどの固形がんの治療に用いられるフッ化ピリミジン系抗がん剤は、投与患者の約10~30%に重篤な副作用が出ると言われています。この抗がん剤は、5-Fluorouracil (5-FU) を活性本体とし、体内でジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)とジヒドロピリミジナーゼ(DHP)という酵素により代謝されるため、酵素の活性が低下する遺伝子多型を持っているヒトは下痢や嘔吐、骨髄抑制などの副作用が出やすくなるのです。抗がん剤治療において、重篤な副作用の発現は治療の中断や患者さんの死亡につながる可能性のある大きな問題です。東北メディカル・メガバンク機構が実施した日本人集団の全ゲノム解析を利用した研究で、DPD酵素活性の低下する可能性のあるヒトはなんと16人に1人の割合で存在していることも明らかになりました。

このように薬の効果や副作用の個人差は、遺伝子多型によって薬を代謝する酵素の活性に違いが生じることが原因のひとつであるとされます。そのため、薬の投与前に遺伝子検査を行うことで、患者さんひとりひとりに合った薬や量を選択することが可能になり、副作用を最低限にかつ薬の効果を最大限に発揮できる薬物治療を行う未来型医療の実現が期待されます。

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2018.11.01|菱沼英史