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新型コロナウイルスに対する抗体

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、本稿では「新型コロナ」と略す)に関する報道の中で、「抗体検査」は、「PCR検査」に次ぐ頻出用語の1つとなっている。そこで、新型コロナの抗体検査に関して現時点の情報を少しご紹介したい。

詳細な解説は他書に譲るが、新型コロナに限定して説明すると、「抗体」とは、血液中などにある免疫グロブリンというタンパク質で、ウイルスやワクチンに対する免疫反応の結果産生され、ウイルス粒子の構造を認識して結合する物質である。その中で、ウイルスの増殖を抑えて、感染症からの回復や、再感染の予防に働くものを「中和抗体」と呼ぶ。
新型コロナからの回復者に関する米国と中国の報告*1*2(正式な論文発表前の情報、重症例を除く)では、ほとんどの人が回復後に抗体を保持していることが明らかにされた。特に、中国の報告では94%の人が中和抗体を持っており、感染の終息や予防に働く免疫能が獲得されたことが示されている。ただし、新型コロナウイルスと同族のウイルスには、周期的に頻繁に風邪症状を流行させるものがあり、長期的な抗体の持続については今後の検討が必要とのことであった。
また米国の報告では、抗体陽性時点でのPCR検査によるウイルスRNA陽性例が35%見られ、その一部は症状消失から約一ヶ月後の再検査でもPCR陽性であった。この結果の解釈は難しいが、血液中に抗体が存在してもウイルスが鼻腔などに長期間潜んでいる可能性も示唆された。
このように、現時点では抗体検査が陽性となっても、数ヶ月後に再度新型コロナに感染する可能性や、他の人に新型コロナを広める可能性も否定できず、受検者自身にとっての抗体検査のメリットはかなり限定的であるといわざるを得ない状況である。

一方、集団調査としての抗体検査には研究上のメリットがある。疫学研究者によると、地域の住民の60%程度が抗体を持つようになれば「社会的免疫」が成立し、その地域では新型コロナの流行は終息するとのことである。しかし、新型コロナには不顕性感染者や未診断症例が多く、発症数の統計から地域の既感染者の割合を予想することは困難である。そこで、地域の住民をできるだけ無作為に抽出して抗体検査を行い、その時点での抗体陽性者(既感染者)と抗体陰性者(未感染者)の割合を明らかにする試みが世界中で行われ、わが国でも同様の調査が予定されている。ただ残念ながら、それらの結果からは、流行の終息までには相当の時間がかかることが推測されている。
免疫には、一度出会った病原体を覚えていて次の感染を防御する反応(獲得性免疫)として、抗体(液性免疫)の他に、直接細胞が攻撃する反応(細胞性免疫)があり、さらに、初めてである病原体に対しても撃退しようとする反応(自然免疫)も存在する。新型コロナのワクチン研究では、それら全体を活性化して自然感染よりも強力な免疫を与えるワクチンの検討もなされているという。また、治療薬としても、回復者血液の抗体を製剤として治療に利用する試みや、遺伝子工学を駆使した強力な抗体製剤の開発も行われている。そのような様々な研究の成果として、そう遠くない将来に、新型コロナが過去の疾患となる日が来ることを信じたいところである。

最後に、海外では新型コロナのために予防接種全般が中断している地域もあり、麻疹などの流行が懸念されている。特にお子様がおられる家庭では、定期予防接種は可能な限り自粛せずに進めていただくことをお願いしたい。

参考文献

1. medRxiv preprint
doi: https://doi.org/10.1101/2020.04.30.20085613
2. medRxiv preprint
doi: https://doi.org/10.1101/2020.03.30.20047365

2020.05.18|峯岸直子