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動く遺伝因子とトウモロコシ ~深ーい研究の歴史と現在~

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みなさん、トウモロコシは好きですか?日本で食用として売られているトウモロコシの実の色は、たいてい黄色一色か、あるいは時々白い粒が混じっている程度ですが、一粒一粒それぞれが、めしべ(絹糸)に受粉してできた子どもたちなのです!トウモロコシ(イネ科の植物)は種類によっては、紫色が出るものもあったりして、一粒一粒それぞれが個性を持っています。遺伝と聞くと、親から継承されるもので、組み換えや稀な突然変異以外では変わらないもの、というイメージがあるかもしれません。
ところがじつは、ゲノムの中には「動く遺伝因子」があり、トランスポゾンと総称されています。トランスポゾンは特定のDNA断片を切り出し、別の場所に再挿入することで移動します。植物の形態や花の色の変化には、トランスポゾンの転移によるものがあります。トウモロコシの一粒の中にも、トランスポゾンが転移することで、色素産生に携わる遺伝子の発現が変化し、その結果、色の違う細胞群が生じることによって見た目には色のまだらとして観察されます。 この動く遺伝因子の発見とそれが世に認められるまで、バーバラ・マクリントックという1人の女性研究者抜きには語れません。(詳細は下記)
ヒトのゲノムにも、動く遺伝因子がありまして、レトロトランスポゾンと呼ばれる種類です。遺伝子領域にレトロトランスポゾンが挿入されることによって、遺伝子が本来の機能を発揮できず、疾患の原因になることもあります。これまでに、血友病、先天性の疾患各種、がんなど、レトロトランスポゾンの挿入が疾患の原因と考えられる例が120以上報告されています。

バーバラ・マクリントック(1902-1992)

バーバラ・マクリントックは、アメリカで活躍した細胞遺伝学者で、トウモロコシを主な実験対象としていました。1920-30年代の遺伝学の研究では、複数の形質と染色体を観察することによって、形質に関わる遺伝因子が染色体上にどのように並んでいるかの地図作りのようなことが進んでいまして、バーバラ・マクリントックは植物遺伝学において大きな貢献をしました。その後、1940年代から数年かけた注意深い研究により、動く遺伝因子があることを発表しました(1950-51年)。それはなんと、DNAの二重らせん構造の発表(1953年)よりも少し前のことだったのです! そしてずいぶん年月が経った1983年に、バーバラ・マクリントックは、ノーベル医学生理賞を受賞しました。
農業的に重要な栽培植物であるトウモロコシの全ゲノムは、2009年に解読が発表され、ゲノム中のトランスポゾンの全貌も明らかになりました。現在では、全ゲノム解読データや生命現象の網羅的なデータが得られるようになりました。しかしこのような現代の状況で、研究の歴史をたどってみると、バーバラ・マクリントックという先駆者が、注意深い観察と深い洞察により、ゲノムのダイナミックな側面に気づいた、ということは、数々の発見や発展の中の大事な一つとして、とても印象深いことです。

参考文献:
Science (2009) 326:5956 1112-1115 DOI: 10.1126/science.1178534
Mobile DNA (2016) 7:9. doi:10.1186/s13100-016-0065-9.

2018.03.09|山口由美