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各国ですすむ基準ゲノム構築プロジェクト

2019年2月、日本人基準ゲノム配列の初版JG1が公開されました。これは、1980年代に開始され2001年にドラフト配列決定に至った国際ヒトゲノム計画を、日本人検体を用いて再度実行したことに相当します。国際ヒトゲノム計画で構築された国際基準ゲノム配列(参照配列とも呼ばれる)は現代のゲノム解析に欠かせないものです。しかし国際基準ゲノム配列はもっぱらヨーロッパ系とアフリカ系に由来する検体から構築されたために、異なる民族集団に属する検体のゲノム解析には必ずしも適していませんでした。ゲノムのバリアントの検出は、解析対象のゲノム配列と基準ゲノム配列との比較により行われるのですが、解析対象の検体のゲノムを他の民族からの基準ゲノムと比較した場合、バリアントの見落としや誤検出が生じうることが分かっています。日本人検体から構築されたJG1を使用すると、日本人を対象としたゲノム解析において、これまで民族集団の違いに起因する見落としや誤検出を減らすことができるので、これまで未特定だった遺伝性疾患の原因究明や、がんを引き起こす遺伝子の同定などが期待されます。

JG1のように民族集団固有の基準ゲノム配列を構築する試みは各国で行われはじめています。しかしJG1は3人のゲノムを統合することでレアな配列バリエーションを可能な限り除外した点、および、遺伝地図等の情報を用いて解読した配列と染色体との対応づけも行った点が特筆に値します。例えば韓国ではAK1、中国ではHX1、またスウェーデンではSwe1, Swe2という高品質のゲノム配列が構築され報告されています。しかしこれらはいずれも1人のゲノム配列を決定したものであり、その個人がたまたま持っていたレアバリアントが基準ゲノム内に残ってしまっています。また手間のかかる染色体との対応づけは行わずに、数千本の配列の集まりとして公開されています。韓国からはKOREFという基準ゲノム配列も公開されていますが、こちらは染色体との対応づけの際に国際基準ゲノム配列の情報を利用しています。JG1は3人のゲノムを統合する前のどれか一つを見ても、各国のアセンブリよりも高い配列連続性を示していましたので、JG1は民族集団固有の基準ゲノム配列として群を抜いて高品質なものであると言えます。

2019年1月に米国では、350人の高品質ゲノム配列を構築するための研究の公募が発表されました。今後様々な民族集団の基準ゲノム配列が構築されること、さらにそれらの多様性を包括的に表現する方法の研究が進むと予想されます。そうすると民族集団ごとに構築した基準ゲノム配列を用いてより精度の高い解析が可能になるでしょう。さらにその次の段階はどうなるでしょうか?究極的には個々人のゲノム解読にも今回の基準ゲノム配列の構築で行われた様な手法による全ゲノム配列決定が利用されると予想します。
例えば、がんの解析では正常組織から抽出したDNAをもとに基準ゲノム配列を構築して、がん組織のバリアントを検出すればより精度の高い解析が可能になります。小児遺伝性疾患でも父・母・子で全ゲノム配列決定すれば、検出されたバリアントが祖先から受け継がれたものか、それともこの親子間で初めて生じた新生突然変異なのかの区別がより精度よく行われます。現在では夢物語とも言える解析ですが、DNA解読技術や情報解析技術の進展スピードを見ると案外近いうちに実現するかもしれません。

【関連リンク】

「日本人基準ゲノム配列」初版JG1の公開~日本人のゲノム解析がこれまでよりも精密かつ正確に~【プレスリリース】

2019.06.17|高山順