未知のなかば 未知先案内人

interview

第5回 情報を土台に未来を支える

患者が作るデータベース

一人ひとりに合わせた予防や医療の社会的な実現を志しはしましたが、はじめは自分にできることは何なのかわからず、何から手を付ければよいのか戸惑っていたのが実情でした。そんな頃、たまたま難病患者自身が研究を支援するNPO活動と出会いました。35歳くらいの時です。患者団体に行けば親御さんが自分の子どもを思う気持ちが切実に伝わってきます。自分も子どもがいるので身につまされ、何かができないだろうか、という思いが湧き上がりました。この出会いから僕のフィールドは真理を求める研究の場だけではなくなり、社会の中へと広がっていきました。
患者数が少ない難病の研究と医療に重要なのは、患者の健康情報や日常情報です。ただしこれは医師や研究者のもとに伝わりづらい情報でもあります。また珍しい病気では、医師も患者をめったに診たことがなく、どうしても治療経験が積めません。その上、症例報告の文献もわずかしかなく、詳しい症状がわからない場合が往々にしてあります。これは頭を悩まされる点だと思いました。そこで僕がしたことは、「患者さんが知っている情報」が集まる場所作りと、そこに他者がアクセスできる仕組み作りです。何かといいますと、患者団体が運営する患者レジストリとよばれる患者のデータベースを作って、難病患者に登録してもらい、登録した難病患者であれば誰でもWebでアクセスできるようにすることでした。患者さんが何を望んでいるか聞きとりを重ねて、患者さん自身の手でデータベースへ情報を書き込んでWebサイトに蓄積していく形に仕上げました。
データベースに集まるデータは、日々の健康情報および日常情報、ナチュラルヒストリーと呼ばれる生活史、病院の検査情報等です。この種のデータは、データベース化して検索できる形に仕立てれば、研究を進める強い力になります。日常情報とはどんなものかと言いますと、「何の薬を飲んだら症状がどんな風に変わった」「こういう食事をしていると、体の調子がどうだった」という日々の記録です。例えば「3歳で発症して、5歳の頃にはこうした症状が出て、小学校生活に差し支えはなかったが、中学校の頃にこうした症状のために学校生活に支障が出た、高校・大学に進学した時にはどういう症状や不便があった」という経過が入力されます。

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J-RAREの入力画面

医師にも病態がわからないような病気に子どもさんがかかっていたら、親御さんはさぞ不安でしょう。しかしデータベースで同じ病気の患者さんのデータが蓄積し、患者団体の集まりでそれぞれが「データベースに記入してきた日々の健康情報および日常情報、生活史」を見せあうことで、子どもの病がどういう経過をたどるのかを予想し、前もって準備することができます。将来が予測できないことから来る不安もいくばくかは和らぐのではないでしょうか。
患者レジストリの運営は患者さんたち自身が行います。これは患者が中心となる新しい時代の流れにのった選択でした。以前は研究者や医師がこうした情報流通の担い手でしたが、インターネットが普及した現在は、患者さん自身が患者レジストリに登録し、自らの情報を記録し、難病研究に役立てることができ、たいへん有益です。さいわい僕たちの患者レジストリは厚生労働省からの支援も継続して受けており順調で、海外の患者団体からも僕たちの患者レジストリのシステムを使いたいという要望をいただいています。
僕個人としては、新しい研究テーマへ手を広げることにもなりました。この患者レジストリの健康情報と日常情報を用いた「生活の質(Quality Of Life)」の解析を研究テーマにし、今も続けています。

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