河北新報 リレーエッセー 医進伝心 第59回

ヒトの鼻から発見された「抗生物質」/耐性菌殺傷する力持つ

2016年8月17日 掲載
寺川貴裕

食卓でなじみ深いみそやしょうゆ、納豆といった食品の製造や酒の醸造には、微生物の力を借りています。またある種の微生物は、さまざまな化学物質を作ります。その中で有用なものが農薬、医薬品として活用されています。これらは一般に抗生物質と呼ばれます。抗生物質を作り出す細菌はこれまでたいてい土の中から発見されてきました。昨年のノーベル賞で有名になったアベルメクチンという薬も土壌微生物由来です。
ところが先日、従来の常識とは全く異なる場所で、抗生物質として有望な化合物を産生する細菌が発見されたというニュースがありました。その場所とは、何とヒトの鼻です。マウス実験では、この新発見の菌が作り出す抗生物質は皮膚感染菌に対し効果がある一方で、有害な副作用は見られませんでした。さらに既存の抗生物質が効かない耐性菌に対しても有効で、それを殺傷する力があるそうです。報告したドイツの研究者は今後研究を進めることで、鼻からさらに多くの抗生物質を見つけられるだろうと語っています。
偶然にも、かつて細菌を殺す溶菌酵素が発見された時も鼻が深く関係していました。100年ほど前、ある研究者が誤って鼻水を細菌培養中のシャーレに落としてしまいました。翌日、鼻水の入ったシャーレを見ると、殺菌が確認されたのです。この研究者はその6年後、さらに別の偶然によって、世界初の抗生物質を発見しました。
鼻以外にもヒト体内の細菌叢(そう)には多種の細菌が存在しています。これらを今後研究することで、ヒト由来の新たな抗生物質の発見が期待されます。

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