その遺伝子、ない方がマシ? |ようこそゲノムの世界へ

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その遺伝子、ない方がマシ? 

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図 遺伝子の塩基配列のタンパク質をコードする部分の途中に予期せぬ終止コドンが入ってしまうと、遺伝子産物に重大な影響があります。実際、疾患の原因として知られているバリアントの中には、終止コドンを生じさせるものが沢山含まれています。しかし、ゲノム中の終止コドンを生じさせるバリアントは、疾患などの重大な効果を持つものばかりではありません。
   ヒトの遺伝子セットの中には、「多重遺伝子族」といって、起源を同じくしてメンバーの間ではアミノ酸配列が似通っている遺伝子族があります。なので、多重遺伝子族においては、一つの遺伝子が機能しなくても、同じ遺伝子族の他のメンバーが機能を補ってくれる場合もありますし、機能が多様化している場合もあります。
   カスペース12という遺伝子は、ヒトでは11番染色体にありますが、じつは大部分の人はこの遺伝子の活性型を持たないのです。アフリカの人々の間では、タンパク質の全長が作られる活性型と、途中で終止コドンが入ることよる不活性型が共存します。一方でアフリカ以外に住む人々では、ほぼ不活性型ばかりです。カスペース12については、活性型を持つことによって、細菌の毒素への対応能力が低下することが示されていまして、敗血症の罹りやすさを高めたではないかと考えられています。カスペース12の不活性型が広まったのは、敗血症に抵抗性があったのではないか、と推測されています。
   ヒトの遺伝子セットの中には、無くても大丈夫な遺伝子があります。ときには無い方が生き延びるのに有利なこともある、という考えが提唱されています。この仮説は、less is more(ない方がマシ) 仮説という、興味深い名前が付いています。進化の過程で、生物が持つ遺伝子の数は少々増えたり減ったりしています。ゲノム上に遺伝子が存在しても、不活性型のバリアントも持つ人もいるので、ほんとうに機能している遺伝子のセットには個人差が少々あります。多重遺伝子族は、生物進化における新しい機能の獲得において重要です。一方で、機能が多様化したためか、場合によっては有難くない働きをしてしまうこともあるようですね。

■カスペース(カスパーゼともいう)ファミリーとは?
システインプロテアーゼの一種で、標的となるタンパク質のアスパラギン残基のうしろを切断するので、Cystein-ASPartic-acid-proteASEを略して、caspase(カスペース)と名付けられました。他のカスパーゼを標的として、特定のアミノ酸の並びを認識して切断して活性化させ、連鎖的な増幅によって機能します。カスペースのメンバーの多くは、細胞死の誘導に関与していますが、中には炎症の誘導や免疫系の調節に関係するものもあります。

参考文献:
Olson MV. Am J Hum Genet. 1999 Jan;64(1):
Saleh et al. Nature.2004 429, 75-79
Xue Y et al.,Am J Hum Genet. 2006 Apr;78(4):659-70

2016.08.18|山口由美